
無関普門禅師(大明国師)は建暦2年(1212)、今の長野市若穂の保科の地でお生まれになりました。
幼ない時から新潟県管名庄の正円寺に住していた伯父の寂円のもとへ預けられ、13歳で得度されました。その後勉学のため諸方を尋ねたのち、
群馬県世良田の長楽寺にいた釈円栄朝につき指導を受けました。栄朝は栄西の法を嗣いだ方でしたので、無関禅師はここで初めて禅を学んだのでした。
その頃、宋から帰国して、藤原氏の帰依を受け、その菩提寺東福寺の開山に迎えられていた円爾弁円禅師の門に入り、苦修の年月を重ねられました。 建長3年(1251)、40歳の時、更に向上の道を求めて宋に渡り、浄慈寺(じんずじ)の断橋妙倫(だんきょうみょうりん)に参禅することになりました。 ここに留まること10年余、禅の深興に達し、断橋禅師の法を嗣いで弘長2年(1262)、帰国されました。帰国後の禅師は新潟県の正円寺に帰り、 静かに坐禅三昧の時を過していましたが、弘安3年(1280)、師の東福寺円爾禅師が病気であることを知り、70歳の老躯をいとわず、 はるばるお見舞いに上洛されました。同年10月17日、円爾禅師は遷化、その後継の第2代住持が数ヶ月で退任したあと、 無関禅師は衆望によって東福寺第3代住持に迎えられました。
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